JR東労組 えん罪JR浦和電車区事件を支援する会
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最高裁判所への要請行動に参加して
近藤 日佐子 

 最高裁判所の中に初めて入りました。
私たちに与えられた30分という時間を有効に使うため@発言の順番を譲り合わない。A発言は一人2分。ということを決め、高ぶる気持ちを抑えて静かに、しかし熱く首席書記官補佐に順番にお話をしました。美世志会7人と家族の人生がかかっています。
 真実を見抜く力がある最高裁判所であってほしいし、司法における最高峰の組織として良心に恥じない決断をしてくれることを信じたいものです。


2010年「えん罪 JR浦和電車区事件」の無実・無罪を!
−最高裁・上告審「口頭弁論」の実施を強く求める−
舩田 功 

 2010年。最高裁判所への【上告審口頭弁論】を求めた美世志会・JR東労組・JR総連の厳しい闘いの中で新しい年が明けた。「えん罪 JR浦和電車区事件」、02年11月1日の突然の不当逮捕、03年2月25日第一回公判から8回目の春が近づいている。
 2月1日、美世志会「上告趣意補充書」、弁護団「上告趣意書2」、大学教授・支援する会呼びかけ人10余名による「意見書」の最高裁判所への提出が終了したとの報を受ける。この間、上記三書面等の提出最終調整が夜を日に継いで行われたことを知る。美世志会・弁護団諸兄・当該労働組合関係者・組合員のご努力に敬意を表する次第である。「弁護団趣意書」591頁、美世志会「上告趣意書」62頁、「意見書」165頁がその圧倒的苦闘を表している。各種書面の核になる部分は、言うまでもなく日本司法界の最高峰に位置する最高裁判所に対して「上告審口頭弁論」開始要請である。「第一審並びに控訴審」分析・批判を核とする「美世志会7人の無実・無罪」の確信が中心主題となっている。このことを再認識・再確認しなければならない。下級審による「憲法28条団結権違反判決」・「重大な事実誤認判決」・「判例違反判決」等がある以上、最高裁判所は、いやしくも書面審査のみにて「上告棄却」=「玄関払い」があってはならない。今こそ「えん罪 JR浦和電車区事件」一点集中のもと、私たちの運動は止むことなく、司法を監視し発言と行動を強化しなければならない。限りない怒りを理性的・組織的なものにしなければならない。「国家にしかできない犯罪、それは戦争とえん罪」。この「えん罪 JR浦和電車区事件」の無実・無罪を求め、憎悪に満ちたあらゆる反美世志会・反JR東労組・反JR総連組織や権力と対峙して8年、今こそ無実・無罪を奪取しなければならぬ春到来である。

弾圧から8年!私たちは、
JR東労組への対立労組と国家権力の結託による破壊活動を弾劾する!
労働組合活動を「強要罪」とした暴挙を認めない!
美世志会とJR東労組への第一審・控訴審判決を認めない!
JR東日本会社の美世志会への不当な「懲戒解雇」処分を認めない!
JR東日本会社による係争中の一方の者を復職させた暴挙を認めない!
最高裁判所に対し、「上告審口頭弁論」の実施を強く求める!
私たちは、闘い続けなければならない!

2010年2月
舩田 功


今こそ国策えん罪に注目!
石上 正夫 

 裁判官は、一段高いところから、被告、弁護人、そして検事をも見下ろしている。法廷を直接見ても、テレビの裁判場面を見ても、裁判官は犯しがたいほどの厳しい威厳を保っているかに見える。


 裁判官は、公平・公正・正義を守り、国民を守る人だと信じていた。ところがJR東労組7人の組合員が逮捕されて、60回におよぶ公判が行われた。「えん罪浦和電車区事件」である。
 事こまかに事実審議が繰り返され、無罪になると思っていたところ、小池裁判長は執行猶予つきではあったが、全員有罪であった。
 戦争を肯定するグリーンユニオンの指令で、戦争を否定するJR東労組の内部工作によって組合破壊に動いたY君に対して、改心するよう説得したが、Y君は自らの嘘の繰り返しに耐えられず、組合を脱退し会社も自主退社した事実が明らかになった。
 にもかかわらず、小池裁判官は有罪判決を下した。自信のない聞き取り不能の判決文の朗読は裁判官の内なる心理・良心の動揺を表すものと受け取れた。
 嘘に嘘を重ねた「正常労組破壊工作員」の言動はすべて信用できると検事は、一方的に断定した。一方、真摯に繰り返し真実を申し述べた浦和電車区の7人の証言は、すべて信用出来ないと検事は断言した。
 裁判官は、不自然極まりない検事の論告求刑は、余りにも政治的偏りがあると見抜くと思った。ところが、検事の論告をすべて丸々取り入れた判決には、怒り心頭に発した。
 これは国策裁判だ。「米国と共に毅然と戦う」と明言した小泉式戦争国策に反する者は、問答無用と逮捕した反戦封じのため断罪する。その証拠に2002年11月1日、7人逮捕の直後、海上自衛隊がインド洋に出撃した。アフガン空爆の米艦隊に対して給油支援のためだ。反対の声が大きく広がらなかったのに乗じて、戦闘能力抜群のイージス艦まで出撃させる暴挙に出たのである。


 6月5日、東京高等裁判所において、「浦和電車区事件」の控訴審判決が行われた。一審有罪判決は、客観的に精査すれば、嘘を重ねながら組合破壊工作を行ったY君の非常識な行動は、常識ある裁判官には容易に理解できると信じていた。
 また、組合破壊工作に対して、組合を守るためにY君に対して説得を行うのは、憲法で保障されている団結権の行使があることは、歴然たる事実であることが理解されると思っていた。
 美世志会7人の全国キャラバンを受けて各地の受け入れ体制も万全を期し、市民も参加してえん罪撲滅の気運は高められていた。
 こうした状況を総合的に分析判断して、裁判長は「一審判決を棄却、全員無罪」と無罪判決が下されると期待していた。被告とされた美世志会の7人は、起立し緊張した面持ちだった。傍聴席の我々も緊張し耳をそばだてた。
 中山裁判長が読み上げる判決文のなかに、「一審の事実誤認」を認め「組合の団結権を認める」文言があったので、左耳聴力ゼロの私は、無罪判決がでるものと早とちりした。ところが、判決を聞き唖然とし、声も出ない驚愕が全身を圧して身動きができなかった。
 「本件各控訴をいずれも棄却する」
裁判長も後ろめたいものを感じてか、極小声での判決である。「不服があれば15日以内で上告の手続きができる」と付け加えた。正義に反する判決を受け入れることはできない。即日、上告することは決定した。国策裁判の壁がいかに厚いものであるか、裁判官も正義を捨て戦争国策に魂を売るものかと、この日東京高裁102号法廷で実感した。

 小泉政府がはなった反戦封じ、反戦狩りの国策捜査、国策裁判という矢は、小泉退陣宣言のあとも、公安、検察に引き継がれて、反戦封じは繰り返し行われている。
 反戦封じはえん罪浦和電車区事件だけではない。立川反戦ビラ配布逮捕、葛飾赤旗配り逮捕、公衆トイレ反戦落書き逮捕、君が代不起立ビラ配り高校教師逮捕等々、戦争へ進もうとする国策を批判する個人、組織を不当逮捕し、国策裁判で問答無用と有罪判決を下す。この大きな流れのなかで、浦電控訴審判決があったのだ。
 中山裁判長は「第一審は事実誤認と裁定」した。しかし1月21日、共謀は否定したが、2月4日に日にちをずらして、第一審判決の事実誤認は判決に影響はないと一審判決を擁護した。国策裁判であるから、はじめから「有罪ありき」の方針は二審においても踏襲されたのだ。
 判決を聞くと「Yは制裁を受ける事由があり」とした。「Yの行為は問題があり、反省の姿勢を示さなかった」と理解した。「ただちに除名処分に相当するかづかはともかく、組合内において、一定の制裁を受ける理由があった」と認定したにもかかわらず「強要罪」を消すことはなかった。
 労働組合の団結権について「団結を保持し組合としての一体化を図るために、統制権を行使する場合がある」としながら、一審判決の「強要罪」をそのまま有効とした。この矛盾を平然と行ったのが、「控訴を棄却する」国策判決なのだ。
 反戦封じの国策裁判の壁は厚い。市民の声を結集して、戦争へむかう国策の間違いを阻止するのが、緊急の課題である。


誤判の上塗り
JR浦和電車区事件の高裁判決を糾弾する!
事務局長  飯沼 勝男 

 「足利事件」の菅家利和さんが、再審のDNA鑑定で、無実が決定的となり、再審裁判の結果を待たず、検察庁の決定で17年ぶりに釈放された。6月4日、テレビ、新聞が大きく報道。日本には、いかに「えん罪」が多いか、拷問・強制による自白と誤判が、無実の人を「犯人」にし、投獄、時には処刑さえしている現実があることを改めて知らせました。その翌日の6月5日、菅家さんに無期懲役の誤判を行った同じ東京高等裁判所で、またまた明らかに誤判といえる判決がくだされました。第5部刑事部の中山隆夫裁判長が行った「えん罪 JR浦和電車区事件」に第二審判決です。判決には、JR東労組、支援者ら3000名が集まりました。被告・弁護団はもとより、この人たちが願った判決は「原判決(一審判決)を破棄し、被告全員を無罪」とするものでした。それは、裁判所が公正・公平であればそれ以外の判決はありえなかったからで、第一審判決は、違法・不当、まったくの誤判でした。
 第一審の誤りは、この事件がJR東労組浦和電車区分会のYという組合員に対する、労働組合としては当然の、はじめは事情聴取、そしてYの態度の悪さから、説得・注意・忠告・批判におよぶ一連の集会と組合員の発言を、刑法223条の「強要罪」としたことです。被告7人と多数の組合員が「共謀」して行ったとして、執行猶予と未決中の勾留200日を刑から差し引く(未決通算)とはしましたが、7人全員を懲役1年から2年の懲役刑に処す、と有罪にしました。
 刑法223条の「強要罪」とは、その条文は「生命、身体、事由、名誉若しくは財産に、害を与える旨を告知して脅迫し、又は暴行を用いて人に義務のないことを行わせ、または権利の行使を妨害した者は、三年以下の懲役に処する」というのが全文です。
 この条文を労組の活動に適用したのです。「暴力」はいっさいなかったので、警察、検察も「暴力」は入れられず、「脅迫」のみです。しかし、「強要罪」のいう「脅迫」とは条文を読めば素人でも判るように、中途半端なものではなく、「生命、身体などに害を加えるぞ」という「脅迫」で暴力団やヤクザなどでなければやらないものです。だから検事も一審判決も、ここまでは立証できず、「罵声を浴びせ」「多数の威力を示し」程度のことしか立証しませんでした。
 また「強要」したことは「労組からの脱退」と「会社からの退職」ですが、これも組合が言ったのではなく、Y本人が最初に言い出したことです。この言動から組合の事情聴取が始まったのです。突然の7人の逮捕に始まった事件に、当初、組合も被告も、事情がわかりませんでした。ことの発端がYにあったことが判ったのは、第一回公判で検事が明らかにしたのです。
 Yは、「国防こそ最大の福祉」と公言するグリーンユニオン(当時)という組合と繋がっていました。組合の職場集会で嘘をつき、それがばれると嘘の謝罪をする。そのうえ、集会に出る時にはICレコーダーをポケットに忍ばせ、組合員の怒りを買うような言動をわざとしました。この結果、浦和電車区分会のほとんどの人がYを相手にしなくなり、Yは自ら東労組を脱退し、その後会社も退職したのです。
 これを誰が通報したのか、警視庁公安部がキャッチし、これまで極めて当たり前の組合運動を進めてきた東労組の弾圧に利用したのです。時あたかも、9・11同時多発テロ、アメリカ大統領ブッシュが、イラク攻撃をはじめ、小泉首相も追随した頃でした。これを東労組の創設者・初代委員長である松崎明氏が糾弾、権力は松崎さん、JR総連・東労組を目の敵とし破壊攻撃を加えてきたのです。この事件について政府が国際労働機関であるILOに出した「政府見解」には、裁判係争中で判決も出ていない段階で、「極めて悪質」と政府の意思を露骨示す、まさに「国策捜査」であることを証明する文書もあります。
 第一審の東京地裁小池裁判長は、労働組合活動に適用できない、しかもなんら「強要罪」の成立要件を示せないまま、有罪判決を下したのです。検察も論告求刑では「悪質極まる。長期間、特別な施設に入れ、矯正する必要がある」などと暴言を吐きながら、「有罪にさせすれば良かった」のか、判決が求刑とは違うにもかかわらず控訴もしなかったのです。
 以上のように一審判決が労働組合活動に「強要罪」を適用したのは違法・不当、まったく間違ったものだったのです。二審は、この一審判決を当然にも破棄すべきだったのですが、これを上塗りし、一審判決を擁護したのです。
 しかしいかに強弁しようと、嘘は嘘。真実は不滅です。二審判決には一審判決以上にボロがでるでしょう。このボロを大きく引き裂き、最高裁では絶対に無罪を勝ち取りましょう。支援する会も最後まで闘っていきます。


「えん罪 JR浦和電車区事件」控訴審第2回を傍聴して
松崎 都 

 前回、08年12月20日に行われた第一回公判においては、「控訴趣意(要旨)」の説明が、弁護団全員によってなされた。
第二回公判では、事件当時(02年11月)大宮地本委員長であった現JR東労組本部副委員長、柳原氏が証言台に立った。第一審において、事実を歪曲・捏造し、JR東労組大宮地本の労働者に有罪判決を下した司法当局であるが、控訴審においてはJR東労組の主張する「第一審での事実誤認」に対する審議を開始したわけである。
 問題は、美世志会の7名が「拡大闘争委員会や個別総対話で180人の分会組合員が犯罪(強要行為)を共謀し、実行した」とする第一審の認定が、いかに労働組合活動への無知、無理解から発したものであるか、を立証する事であった。
 朝から午後まで続いた弁護団からの主尋問とその後の検事による反対尋問、そして裁判官による質問に対しても柳原氏は終始淡々と事実を述べ、第一審の判決がいかに「事実誤認」に基づくものであるかを立証しようとしていた。
 最後に裁判官から「JR東労組にとって、国鉄の民営化とはどのような意味があるのですか」との質問が発せられ終わった。第二審の判決に少なからず期待してもよいか、と思わせられた瞬間だった。


2009年第二審(控訴審)大詰めの闘いは続く
法廷内外の闘いをさらに大きく深く、そして広範に!
舩田 功 

 「JR浦和電車区事件」の闘いも7年目に入った。一昨年2007年7月17日の第一審判決は、無実のJR東労働者7名を、Y君に対する<脱退強要・共謀>犯罪者と認定した。
 これは労働者・労働組合に対する【団結権】の行使を<犯罪>とした違憲・違法の裁定である。断じて認める訳にはいかない。当時のグルーンユニオンの意思を体して、キャンプ同行等でのウソ八百、反JR東労組の言動をなしたY君に対して、その真の目的を解明しようとした【説得・説諭】行動を<強要>、JR東労組の団結を組織的<犯罪>と認定したのである。
 7名は即【控訴】した。JR東日本会社は、同8月、6名の現JR東労働者に<懲戒解雇処分>(馘首)を断行した。働く者の【生存権】を否定し、自らの下で働く労働者を放擲する挙に出たのである。係争中は、国際的常識では「推定無罪」である。それを無視蔑ろにして、JR東日本会社は、公安警察・検察、裁判所に尾を振り追従して悪の上塗りを重ねたのである。現在、東京高裁で第二審(控訴審)が行われている。
 第一回公判が08年12月15日に行われた。9名の弁護団全員が「控訴趣意書」の【第一審判決は、Y証言を是とした事実認識である。警視庁・検察庁などの公安関係者によるJR東労組・JR総連解体、弱体化を目的とした高度の国策捜査である】ことを堂々と陳述、裁判長、陪席判事に第一審判決の【非】と、【原判決破棄=7名全員無罪】の判決が早期に出されることを主張したのである。
 労働組合にとって組織の主体性を守り、組合を他の組織破壊や権力の介入から守る【団結権】は、最大の任務である。
 第二回公判は、09年1月21日、事件当時の大宮地本委員長(現JR東労組副委員長)の柳原氏が証人として出廷。「Y君をJR東労組から脱退させた共謀の事実はない」「浦和電車区に出向いたことはない」「脱退を迫る追及行動とは、Y君のあり余る反JR東労組言動に対する重大性を自覚させ反省と謝罪を求め、事実関係を解明することだと受け取っていた」「Y君を脱退させることは、東労組にとって何のプラスになるのか、何のプラスにもならない」と明快に、この事件の不当性と第二審の事実誤認を明らかにした。JR東労組
の組織の原点【批判の自由と行動の統一】から【団結権】に対する、反JR東労組組織への侵害の事実、国家権力による未曾有の弾圧であることを力を込め陳述した。検察側は2人が<脱退を迫る追及行動=脱退の共謀・強要>と決めつけ、挑発的に立ち上がり、歩き回りつつ反対尋問をして、組織的共謀の言質をとることに躍起になったが、冷静・沈着な証人の前に空振りを繰り返したに過ぎない。ただ、第一審からの公判過程で、裁判官や検察官が労働者や労働組合に対し、無知、不認識、不勉強であることは憂慮・危惧するところである。世界同時大不況のなかでの日本労働運動の四分五裂は最大の危機そして不幸であり、それが労働問題に対する司法の不見識化と劣化を再生産しているひとつの要因であろう。
 第三回公判は、2月20日である。3人の被告の証人尋問である。01年1月21日の拡大闘争委員会をはじめ、検察側の決めつけた多くの【共謀・強要】の事実は皆無であることを糾す証言がなされると思われる。事件当時は青年部、弾圧の中で自己を成長させていったであろう、若き鉄道労働者の発言が注視される。第四回公判は、3月に予定されている。
 第二回(控訴審)に入って、この7年にわたる「えん罪JR浦和電車区事件」の大詰めがきていることをひしひしと感じている。
 昨年、08年11月1日昼下がり。日比谷野外音楽堂から見える空は雲ひとつない快晴の東京の空だった。
 後藤昌次郎弁護団顧問・「えん罪JR浦和電車区事件支援する会」代表は、開口一番、空を見上げて「雲ひとつない空だ」と述べた。参集した意思ある5500名は、こぞって宇宙の、東京の、晩秋の、美しい青い空を見上げた。
 「雲ひとつない空だ」、みんながそう叫んだ。
その紺碧の空の下で、「えん罪NO!7名は無実だ!不当判決を覆し控訴審に勝利する11・1集会」が続けられた。
 再び【雲ひとつない空だ!】と、叫ばなければならない。
私たち「支援する会」は、学びあい、励まし合ってここまできた。
残っているのは「喜び合う」ことだ!
全国で支援してくれている多くの皆さんと共に、この闘いに勝利し喜び合いたい。

2009年2月10日


勝ったのは誰か
松崎 都 
 5年8ヶ月、経った。この事件が、平和憲法を護ろうとする労働組合つぶしを狙った公安警察によるえん罪事件であることは明らかだった。JR東労組に対するこの攻撃は、十分に衝撃的であったが、さらにかくも不当な弾圧を受けた労働者とその組合を護り、共に反弾圧に立ち向かうはずのものと考えていた勢力が、この権力の暴挙を看過し、まったく動こうとしなかった事に強い衝撃を受けた。そこには、現在JR東労組が置かれている立場、この国の政治状況があぶり出されていた。JR総連・JR東労組はマス・コミまでを使っての攻撃にさらされながら、孤軍奮闘、孤独な闘いを闘ってきた。
 しかし今、二審判決を前にして「えん罪JR浦和電車区事件」に対する世間の目は明らかに変わってきていると感じられる。この変化は、何によってもたらされているのであろうか。
 60回に及ぶ東京地裁での裁判闘争、毎回1500名以上の組合員が駆け付けた傍聴券獲得、組合内部の話し合い、全国で開催された数知れぬ集会、その際撒かれた事件の真相を訴えるビラ、「支援する会」への結集、数次に亘る署名活動、そして24週にわたって「JR総連=テロリスト・革マル派」キャンペーンを『週刊現代』でくり広げられた講談社と西岡記者に対する名誉毀損裁裁判で暴露された「でっち上げ記事」の真相、JR東日本会社による不当な懲戒解雇処分に対し下された地位保全「命令」・・・等々、その闘いは地道で多岐にわたるものだった。
 これらの闘いを通じて何よりも変わったのは組合員の意識ではないのだろうか。控訴審を前にして、この5、6月には全国で「控訴審勝利」にむけて、多数の集会が開催された。東京・神奈川・水戸の集会に参加した。前2ヶ所では、JR東労組を取り巻く外部環境の変化を強く感じた。そして水戸では、己の闘いの正しさを確信し、次の一歩を踏み出そうとしている組合員を見たのだった。

リレートーク
小野道 浩 
 えん罪・JR浦和電車区事件での本当の被害者は、被害届を出したY君とやらではなく、美世志会の7人である。彼らは、通常は逮捕に至る以前のおこなわれるはずの事情聴取も任意出頭もないまま、文字どおり「ある日突然に」逮捕され、そのまま344日にもわたって勾留された。定まった住居と職を持っているのだから、勾留の理由としては「証拠隠滅の恐れ」しかないはずである。つまり、口裏を合わせの機会を与えないという意味である。だが、そんな理由で、最高刑3年の事件に一年近い勾留が許されるとすれば、被疑者が複数の事件では検察は事実上の「勾留の自由」を持ってしまうことになりはしないか。令状をとっての逮捕であり、勾留理由開示公判もおこなわれているのだが、何か法的にすっきりとしないものを感じるのは筆者だけであろうか。
 7人は、判決以前に、いや裁判以前に、実刑344日という「刑の執行」を受けたことになりはしないか。

  7人が問われているのは、強要罪である。
強要罪は刑法223条に定められており、その@項は「生命・身体・自由・名誉若シクハ財産ニ対シ害ヲ加エ可キコトヲ以テ脅迫シ又ハ暴行ヲ用ヒ人ヲシテ義務ナキコトヲ行ハシメ又ハ行ウ可キ権利ヲ妨害シタル者ハ三年以下ノ懲役ニ処ス」というものだが、これを適用するにあたっては「生命〜財産」に対する「加害の告知」が立証されねばならないはずである。ところが、Y君と7人のうちの誰かとが接触した場所と日時として起訴状があげている計14回のうち、どれとどれが「加害の告知」の現場だったのかはまるっきり不明のままだし、したがって告知したのが誰と誰だったかも明らかでない。つまり「加害の告知」は立証されていないのであり、「強要罪」はその前提からして崩れ去っていると言わねばならない。

  事件と呼ばれるほどの事がもし実際に起こっていたとすれば、その「現場」は浦和電車区であり、埼玉県である。しかし、事件として取り上げたのは埼玉県警でも浦和の所轄書でもなく、警視庁公安二課である。公安二課の出番を整えるために、管下のJR蒲田駅も「現場」の一つに仕立て上げるなどの小細工を弄してもいるのだが、それにしても「第一現場」は浦和電車区である。しかも、公安二課が立件に踏み切ったのは事件から一年余りも後のことである。この間、ためらうY君に対して執拗なまでにまとわりつき、被害届を出すことに合意させ、その文書はY君ではなく担当の刑事が書いている。調べの過程での刑事らの言動からは、弾圧の狙いがJR東労組そのものにあったこと、東労組を「革マルに牛耳られている組織」とみなし、「内からは崩せないので外から壊す」という目的で開始されたことが明らかである。
 つまり、事件は公安二課による弾圧事件であり、それ以外のものではない。

2008年 第二審(控訴審)完全無罪を期す!
舩田 功 
 07年7月17日、5年・60回の公判の末、「浦和電車区事件」の7名は、執行猶予付きながらも懲役1〜2年の「有罪刑」が科された。最前列の7名にさえ聞こえない裁判長の蚊にも負けそうな声での言い渡し。これが、第一審の結論か?と思われるような7名にも傍聴者にも失礼極まる公判廷であった。裁判長3人目、左右裁判官・検察官も全員交替という異常環境。「判決文」も2ヶ月後の9月下旬に下付という不当極まる第一審であった。8月30日、待ってましたとばかりにJR東日本株式会社は、社員6名全員に<懲戒解雇>。労働者にとって最大の懲戒ー馘首かくしゅ(首切り)を発したのである。
 あれから8ヶ月が経過した。あの時以来のJR東労組を包囲する全ての権力に対する不信は、日一日と拡大再生産されている。本人・家族・JR東労組の同僚、組合員、JR総連所属の組合員、特定・不特定多数の支援する会に結集する者の中に拡大増殖されている。権力をかさに着た人民への陵辱りょうじょくは天が許さない。そう信じたいところだが、浦和事件を筆頭にJR東労組・JR総連に対する国家権力の弾圧は、小泉政権以来うち続いている。アフガン戦争、イラク戦争に反対し、憲法9条を守り、国際連帯による平和運動を掲げるJR東労組・JR総連は、政府・国家権力にとって目の上のたんこぶなのだ。“国防こそ最大の福祉”とうそぶく「反JR東労組」を標榜ひょうぼうする組織に翻弄ほんろうされていた「JR東労組組合員」であったYに対し、同僚・先輩による同情的説諭や説得が強要・脅迫(共同正犯・共謀)の犯罪となったのである。世にあまた組織がある中で、同僚組合員に対し共謀し「組合を辞めろ!」「会社を辞めろ!」などと14回も強要・脅迫する組織があるだろうか?否。第一審東京地裁判決では、検察側の論告「Y証言は、全体が一貫していること、証言内容、証言態度からも信用性が高い」と相呼応し、被害者Yの一方的被害妄想的証言を裁判長は真実と認定し、被告の主張を弁解と退けている。弁護団の反対尋問時のシドロモドロ。真っ青な顔。そして「記憶にない」。「・・・沈黙・・・」のYの対応。私も傍聴席から見ていた。検察官・裁判長はまさに「・・・見てきたような、嘘を言い」である。第一審判決は、労働者や労働組合に対する見せしめであり、公安検察等国家権力に対する見せかけである。日本国憲法第28条「団結権」・労働組合法などを無視黙殺し、下位法の「刑法」のみにて刑を科した。
 2008年春、第二審・控訴審が開始される。鉄路の団結を堅持しつつ共に闘いを続けていく。

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